「仕事は、面白くなきゃもったいない」──木村石鹸4代目社長の“会社らしくしない経営” 

木村石鹸 ストーリーテラーズ

仕事って、面白くないともったいない。起きている間、ほとんどの時間を仕事に使ってるんだから

木村石鹸工業株式会社。1924年創業、大阪府八尾市にある100年を超える老舗石鹸メーカー。

一般的な石鹸から、プロ仕様の洗剤、そして最近では髪と地肌のことを徹底的に考え抜いたシャンプーまで、「本当に良いもの」を時代に合わせてつくり続けています。

その4代目社長、木村祥一郎さん。

(*写真中央)

経営、組織、マーケティング──。そういったテーマを論理的に語れる人はたくさんいても、「仕事は面白くないと!」と本気で言い切る人には、なかなか出会えない。

木村さんの話には、会社のこと以上に、生き方への考えが詰まっていました。

今回は、“会社らしくしない会社”をつくり続けてきた、木村さんのお話をお届けしたいと思います。

知らないまま始まった「会社づくり」

僕は大学在学中に、インターネットの会社を起業しました。当時はインターネット自体がまだ普及していなかった時代。

僕自身、特にインターネットをやりたかったわけではなくて、たまたまコンピューターを持っていただけ。音楽がやりたくて、競馬で勝ったお金でコンピューターを買ったんです。

でも、当時はコンピューターを持っている人自体が珍しかった。なにせ、高かったですからね。

そんなとき先輩が「インターネットのサービスを作るぞ」と言い出して。「コンピューターを持ってるやつに手伝ってもらおう」ということで、僕に声がかかったわけです(笑)

当時は就職活動もしていましたが、正直、自分が何をやりたいのかよくわからなくて。ただ、「家業だけは継ぎたくない」という思いだけは強くあった。

だから、「じゃあ、もうやるか」という感じで、そのベンチャーの立ち上げに加わることになりました。

画像出典:e-Agency甲斐社長ブログより

でも、立ち上げメンバーは全員、会社で働いた経験がなかったので、仕組みもルールも何もわからない状態で(笑)

それでも会社は徐々に大きくなっていきました。するとよその会社を見て入社した人たちから「組織としての体をなしていない。ちゃんと整えないとダメです」と言われるようになって。

次第に、「会社っぽくしなきゃ」という空気が強くなっていきました。

でも、“会社らしさ”を整えていくと、ルールが増えて、だんだん面白くなくなっていくんですよね。

仕事は割り切ってやるもの。そういう空気になっていく。

そのこと自体が悪いとは思わないけれど、僕は「せっかく働くなら、面白いほうがいい」と思ってしまう。だって、起きている時間のほとんどを仕事に使っているんです。だったら、面白くなきゃもったいない。

この考えは今でも変わりませんが、僕が“ちゃんとした会社”を経験してこなかったからこそ、自分自身の感覚を大切にできているのかもしれません。

自分が働きたくない会社にはしたくない

2013年、会社が大変だった時期に、木村石鹸に戻ることになりました。

小さい頃からずっと家が仕事場のような環境で、「絶対継がないぞ」と思っていた僕にとって、それはあくまで一時的なつもり。立て直したら数年でまた外に出よう、そんな気持ちで入りました。

でも、いざ働き始めてみると、もとからいてくれている職人さんたちが、ものすごくて。

一生懸命で、真面目で、誠実で──。


今でも「うちの社員は、ほんまにすごいんやぞ」と僕はよく自慢するんですが、当時から本当に、みんな一生懸命に頑張ってくれていました。

そこで「みんなが面白く、楽しんで働ける会社にするために」という想いを軸に、

稟議書って、本当に必要?
ほうれんそう(報・連・相)って、いる?

そんなふうに、過去の慣習にとらわれず、変えられるところはどんどん変えてきましたね。

人って本来は、何かしら良いことをしたいものだと思うんです。
普通の感覚の人ならね。

「会社に被害を与えたい」「サボりたい」、そんなふうに思っている人は、実はほとんどいない。

だって、サボる方がしんどいですから(笑)

仕事が面白ければ、もっと会社に貢献したくなるし、自分も成長したいと思える。そう思っているのに、会社がたくさんのルールや制約をつくって、逆に社員がそれをできないようにしてしまう。自由度をなくしていく。

それってやっぱり、良くないよね──そう思いながら、ずっとやってきました。そして気がつけば12年が経っていました。


「心配」ではなく「信頼」をベースに

 僕はよく「自律」ということを言うのですが、それを口にする社長のベースにある考え方が、「心配」なのか「信頼」なのか──その違いが、とても大きいと思っています。

世の中の多くの社長は、たぶん「心配」がベースなんですね。

「上司がちゃんと見ていないと、部下はパフォーマンスを発揮できないんじゃないか」とか、「出張に行ったらサボってるんじゃないか」とか。

結局、心配が前提だから、交通費や経費精算のルールも厳密に決めなきゃ、とか、
「誰が起案して、誰が承認して…」といった記録を残すための稟議書もどんどん増えていく(笑)。

でも、信頼をベースにしていれば、そんなものは本当はいらないんです。

仕事の中で失敗したっていい。トラブルが起きても、それは個人が責任をかぶることじゃない。責任をかぶるのは会社です。

社員にとって大事なのは、「果たす責任」。

自分で考えて、自分で動いたことを、途中で投げ出さずにやりきる。それだけの話です。

今、うちには沖縄に一人で行って、開発をしている社員がいます。彼はもともと開発会社にいたんですが、「木村石鹸の開発環境は本当にいい。いろんな制約がないから、自分が本当に作りたい商品をつくれる」と、ずっと言ってくれていて。

「それなら、沖縄に行ってみたら?」という話になり、今は沖縄の研究所で、ひとり開発に取り組んでいます。

自由度は高い。だけどその分、自分で決めたことを、自分で責任を持ってやらなきゃいけない。だから、やっぱり大変だとも思います。

沖縄にはいるけど、遊んでるわけじゃないからね(笑)

沖縄で開発して、いいものが作れなければ、「何しに行ったんだよ!」って言われても仕方ない(笑)

ルールがない分、自分で決めて、自分で動く。

そういう意味では、うちの環境は、実は厳しいかもしれません。でも、半年もすれば、みんな慣れちゃってるけどね。


「変わり続けること」を前提に

木村石鹸には、組織図がありません。
「どういうこと?」と驚かれることも多いです。

僕自身、社員には「自分の一番得意なことを引き出して働いてほしい」と思っています。

もちろん、苦手なことをやらなきゃいけない場面もあります。でも、なるべくその人の持ち味や得意なことを活かして、会社に貢献してもらえる方がいいし、それができる環境をつくりたい。

それなのに、会社側が先に職種や部門の枠を決めて、「あなたはこの部署の、この役割ね」と割り当てるのは、どうなんだろう…と思っていて。

実際、割り当てられた場所が、その人にぴったり合うなんてこと、ほとんどないんですよね。

だったら、メンバー同士で「どうすれば、自分たちが気持ちよく、お互いに強みを発揮してチームで働けるか」を考えて組織を作っていったほうが、よっぽどうまくいくと思っているんです。

それに、組織も人も、ずっと同じじゃいられない。

人の興味や価値観は変わっていくし、新しい人が入ってくることもあれば、会社が取り組むこと自体が変わることもある。

「今はこれが好きでも、来年にはまた別のことに夢中になっている」ということもあるかもしれない。

だから、あえて組織を固定化しないし、そのほうが自然だし、うまくいく。

……とは思っているんですが、それでもやっぱり「組織図がないなんて、会社のことがまるで分かってないよね」って、未だによく言われます(笑)


誰かじゃなく、自分が欲しいものをつくる


木村石鹸のものづくりは、いわゆる“マーケティング的な商品開発”とは、まったく逆の発想です。そもそも、マーケティングで設定されるターゲット像って、本当にいるのかどうかもわからない。

「30代後半・都市部在住・美容意識が高い・自分時間を大切にする女性」みたいな人物像を設定して、その人に向けて商品をつくるけれど、そんな「理想のターゲット」に全部ぴったり当てはまる人って、実際にいますか?と思ってしまう。

だったら、顔の見えない“誰か”に向けて商品をつくるより、自分自身が「本当に欲しい」と思えるものを真剣につくった方が、結果的にそれを必要としている人にしっかり届くんじゃないか──そう考えています。

もちろん、たくさんの人に知ってもらって、買ってもらうことは大切です。

でも、うちのような小さな会社が、誰にでも当てはまるような商品をめざしてしまうと、「無難で60点」のものになってしまう。

そうなると、品質の良い大手メーカーの商品となんら変わらなくなるんです。

僕らは大手じゃない。だからこそ、「10人でも100人でも、究極1人でもいい。めちゃくちゃ気に入ってくれる人に刺さる商品をつくろう」と思っています。

その方が思い入れも生まれるし、その“刺さった人”には、とことん喜んでもらえるものになる。

そういう商品づくりを、大切にしてきました。

たとえば、シャンプーブランド「12(ジューニ)」もそう。

開発した社員が、「自分が思う究極の理想のシャンプーをつくりたい」と言って、とことん追い求めた商品です。
マーケティング的なターゲット設計はしていないし、「誰に受けるか」もまったく考えていない。あくまで、開発者の理想からスタートしているんです。

だからこそ、「こういう人には合わないかもしれない。でも、こういう人にはぴったりだと思う」ということは、あらかじめしっかりと伝えておく。期待値とのギャップを埋めることも含めて、正直に向き合うようにしています。

こうしたスタイルは、珍しいと思いますが、その道を突き詰めてきた開発者が「これが本当にいい」と思える商品を生み出す商品づくりを、これからも大切にしていきたいですね。

「自律しろ」じゃなくて、環境をつくること

よく話すことなんですが「自律」って、強要するものじゃないと思うんです。

会社が「土日も自主的に勉強しろよ!」なんて言うこと、よくありますよね。でもそれって、“自律しろ”と言いながら、自律を強要している。

……それってもはや、自律じゃない(笑)

自律は、促されるものだと思うんです。植物みたいなもの。環境を整えて、水をやって、光をあてて。

でも、芽が出るかどうかは、種次第。会社は伸びる環境は用意できるけど、最終的に芽を出すかどうかは、その種が「芽を出したい」と思っているかどうか。そしてその力を、自分自身が持っているか。

そこにかかっている。

だからこそ、僕はこれからも、社員を信じていたい。
なんたって、うちは自慢の社員ばかりですから。

社員が、自分の会社を一番に自慢したくなる。
そんな会社をめざして、これからも頑張っていきますよ。

編集後記

「仕事って、面白くなきゃ」

 その理想を、組織が大きくなっても貫き通すのは、決して簡単なことじゃない。

 既存の“会社らしさ”を鵜呑みにせず、信頼をベースにした組織をつくり、 自分たちが本当に欲しいものを商品にして、世の中に届けていく。

仕事のことだけでなく、人としての在り方についても、たくさん学ばせていただきました。 木村さん、本当にありがとうございました!