「次は一体、何をするのだろう」
そう思わせる存在感で、いつも周囲の関心を集めるのが、板羽 宣人(いたば のりと)さん。
公務員から起業へ。
大阪での定住生活から、家族とともにノマドライフへ。
主宰する起業家勉強会「ウズウズ」は開催140回を超え、毎回満席が続く人気ぶり。
そして、この10年間、板羽さん自身の拠点も常に変化の連続でした。
東京、フィンランド、オーストラリア、そして札幌。
暮らす場所を変え、その時々の自身の感覚を大切にしながら、働き方・生き方を選ぶ。
また、起業家仲間と「旅をしながら仕事をする」をコンセプトに仕事合宿も定期的に開催しており、この夏は札幌で2泊3日のAI合宿を企画されたと!
「自分が楽しいと感じることを、みんなと一緒に楽しみたいんです」
50歳を迎えた板羽宣人さんに、これまでの歩みとこれからの展望を聞きました。

「安定が幸せ」だと信じて公務員に。でも──
私自身、子どもの頃の家庭環境はあまり恵まれていたとは言えませんでした。だからこそ、大人になったら「幸せで仲の良い家庭を築きたい」と強く思っていました。
「そのためには、何が必要だろう?」
当時の自分が考えて、たどり着いた答えは 「安定していれば、きっと幸せになれる」、そして、「安定=公務員」。
今思えば、なんとも単純な発想ですね(笑)
そのため、大学時代は就職活動は一切せず、公務員試験の勉強に全力を注ぎました。そして卒業後、晴れて公務員として働きはじめました。
ところが…実際に公務員になってみると、家族との時間も充分に取れるし、休みもあるし、収入も安定したとても恵まれた環境なのに、仕事のやりがいは、まったく感じられなかったんです。
それに、自分自身の成長も実感できなかった。
そこで「せめて土日のプライベートくらいは充実させたい」と思い、学生時代から楽しんでいたテニスを再開しようと、友人と一緒に、いろんなテニスサークルを回りましたが、「ここだ!」と思えるところには出会えず…。
「これだけ探しても見つからないなら、いっそ自分たちで作ってしまおうか」
そんな軽いやり取りから、テニスサークルを立ち上げることにしました。
ちょうどその頃、インターネットが出始めたばかりだったので、「ホームページを作って仲間を募ってみよう」と考えました。
ところが友人にそのことを伝えると、「インターネットはオタクが使うものでしょ?ネットに載せたらオタクばっかり来そうだから、それは嫌だ」と言われてしまって(笑)
当時は、「インターネット=オタク」というイメージが強かったですからね。
とりあえず雑誌に募集広告を出すことにしましたが、その裏で、友人には内緒でホームページも立ち上げました(笑)
すると、想像以上に面白い人たちがどんどん集まってきて、自分たちが思い描いた理想のサークルがみるみるうちに形になっていきました。
「いやぁ、インターネットはすごい!」
心からそう感じた出来事でしたね。
また、サークルが盛り上がった理由は、最初に友人としっかりコンセプトを決めていたからだと思っています。そのコンセプトとは「全員が楽しめるサークルにしよう」というもの。
主催者や内輪だけが楽しむのではなく、初めて来た人でもすぐ馴染める場にすることを何より大切にしました。
その結果、参加者が友達を誘ってくれるようになり、あっという間に大きなサークルに成長しました。
私が起業するタイミングで他のメンバーに引き継ぎましたが、そのサークルはなんと30年近く経った今でも続く“老舗サークル”として存在し続けています。

インターネットで、起業!
私が起業しようと思ったきっかけは、間違いなくインターネットの登場でした。
テニスサークルでたくさんの人が集まったことにも驚きましたが、「ネットでものが売れる」という事実にも衝撃を受けました。
当時、試しに家のいらないものをヤフオクに出品してみたら、思いのほか高値で売れたんです。
「これはすごい時代になった。インターネットさえあれば、なんだってできる!」と、ワクワクしました。
しかも、元手もかからないし、リスクもほとんどない。
「これなら手堅い性格の自分も起業できるんじゃないか…!?」と。
それまでの私は、学生時代からずっと大人しく、チャレンジ精神があるほうでもありませんでした。安定志向で堅実、目立たないタイプ。
ですから当時の友人が今の私を見ると、ものすごく驚いています。
「え? 板羽が? 起業? うそやろ?」って(笑)
ほんと、人生って何があるかわからないものですね。
虚無感に包まれた10年と、札幌への旅
起業したのは2006年。最初に始めたのは、赤ちゃんの出生時の体重と同じ重さで作る完全オーダーメイドのテディベア「ウエイトベア」をオンラインで販売する事業など、いくつかのネットサービスでした。
妻と二人三脚で運営し、おかげさまで事業は順調に成長。全国の業務委託スタッフとも連携がうまくいき、業績も右肩上がりで伸びていきました。
ところが40代に差し掛かった頃、突然、抜け殻のようになってしまったんです。
仕事も収益も、ライフスタイルも一定の目標を達成してしまい、「次は何を目指せばいいのか」がわからなくなってしまった。モチベーションは一切上がらず、いろいろな人に会うことを楽しみに続けていたブログ(100人以上へインタビューしていた!)もやめてしまいました。
自分がめざすものを失ったことで、会いたい人もいなくなってしまったんです。
そこで、少し環境を変えてみようと、大阪から東京に拠点を移しました。ところが、思ったほど気持ちは晴れませんでした。
当時、東京のシェアオフィスで出会ったメンバーのお医者さんから「板羽さん、半分うつが入ってますよ…」と言われたこともあります。周囲からはそう見えていなかったかもしれませんが、昔の自分と比べるとやる気が湧かず、全く行動できなくなっていた。
精神的に、落ちるところまで落ちていたのだと思います。
そんな時、北海道を訪れる機会がありました。きっかけは単純で、「夏があまりに暑く、夏バテで仕事にならなかったから」(笑)
考えてみると、仕事はどこででもできるはずなのに、なぜわざわざ暑い場所で苦しんで生活しているのか…ふとそんな疑問が湧いたんですよね。
そこで翌年は、夏休みに1か月、家族でニセコに滞在しました。
平日は涼しい環境で仕事をし、休日は牧場で搾乳体験やトレッキングなど、家族でアクティビティを満喫。
めちゃくちゃ快適で、パソコンとネットさえあれば仕事でき「なんでもっと早くこうしなかったんだろう…」と心底思いました。
これをきっかけに、その後はハワイ、ニュージーランド、フィンランド……と、夏や年末年始にさまざまな場所で家族でノマド生活を送りました。

旅先で特に感じられたのは、その土地に漂う“幸せ感”です。自分たちも心地よさを感じるし、人々から発せられる空気にも満ちている。
特に夏のフィンランドではそれを強く感じました。
フィンランドの冬は厳しく、15時頃には真っ暗になります。だからこそ短い夏の貴重な期間を「思う存分に楽しむぞ」という雰囲気が街全体にあふれていて、その空気感や人々の幸せなエネルギーに心惹かれました。
その後、移住した札幌でも同じような感覚がありました。最初は「夏の暑さを避けるため」に訪れただけでしたが、3年連続で滞在した結果、「自分が好きなのは気候だけじゃなく、この街の文化や人、場所そのものなんだ」と気づいて。

最近では、朝食を犬と一緒に外で食べるのが日課です。昨日は犬友達の家族と河原で朝カフェをして、楽しく会話しながらサンドイッチを頬張りました。
それだけで、もう十分に幸せ。妻と犬と一緒に過ごす時間が、かけがえのないひとときです。
大阪や東京と比べると仕事のペースはゆっくりで、「札幌ではビジネスの成長が止まるのでは」という懸念もありました。
でも一方で、「これまで十分頑張ってきたから、もう少し自分を許してあげてもいいかな」という気持ちもありました。
実際は、札幌に移住してからも売上は落ちていません。
だから今では本気で思っています。
「みんな、そんな暑い本州で我慢して生活するんじゃなくて、はやく北海道に来たらいいのに!」と(笑)

タイ古式マッサージとの出会い。人生後半のキーワードは「健康」
札幌での日々に心が癒されたあと、身体を整えるきっかけとなったのは、コロナ罹患後に受けたタイ古式マッサージでした。
札幌に移住して間もない頃、コロナの初期段階で感染し、約2週間ホテルに缶詰状態に。高熱が10日以上続き、「自分はこのまま死んでしまうかもしれない」という不安でいっぱいになりました。
その後も、後遺症で全身のだるさが取れず、しばらくは本当にきつかったですね。
そんな時、たまたま受けたタイ古式マッサージで身体が驚くほど軽くなったのです。そこで、3日連続で通ったところ、コロナの後遺症の症状がすっかり抜けていました。
そして、そのサロンでは、施術だけでなくスクールも開いていると知り「このマッサージをぜひ学んでみたい!」と思い、タイ古式マッサージを習い始めました。
ずっと、やりたいことが見つからないまま、心が晴れない10年間を経て、ようやく「やってみたいと思えること」にたどり着いて…資格も取得し、その後は自身のサロンもオープンしました。
タイ古式マッサージとの出会いは、心身の回復だけでなく、今後の人生においてなにが大切かを考える大きなきっかけとなりました。

「人生を楽しむ」その先へ。札幌から声を届ける
昨年、私も妻も50歳を迎え、子どもは今年4月に大学を卒業しました。子育てが完全に一区切りし、人生の後半戦に突入した感覚があります。
これからの人生をどう楽しむかー
今、その方法を模索しているところです。
その中で改めて感じるのは、健康の大切さです。体力は年々衰えていくもの。だからこそ、健康な状態をできるだけ長く保たなければ、長生きしても楽しめない。仕事やお金よりも、まずは元気で日々を楽しめる状態をつくることが一番大切だと思うようになりました。
若い頃は事業の成長や収入を追い求めてきましたが、一通りやりきって、やりたいことに出会えない10年を経て、ようやくわかったことがあります。
それは、自分にとっての大切なコンセプトは「人生を楽しむ」ということ。日々を心から楽しめることこそ、何よりの豊かさだということです。
そしてもうひとつ。
北海道の素晴らしさをもっと多くの人に知ってほしい。「暑さに苦しみながら働くくらいなら、夏の間だけでも北海道においでよ!人生が豊かになるよ!」
と声を大にして伝えたい。
きっとこれから、北海道への移住はますます増えていくはずです。その前にこちらで居場所を作っておけば、移住しても心配はありません。
実はAI合宿を札幌で開催する理由は「みんなを札幌に連れて来る名目」を作ったという部分もあったりして(笑)
別に私は北海道大使でも何でもないですが、本州からこちらに移住した北海道のいちファンとして、これからも呼びかけ続けたいと思います!

編集後記
「板羽さんって、AKBみたいですよね──以前、知り合いからそう言われたことがあって(笑)」
手が届かない遠い存在ではなく、すぐそばに感じられる“手が届くアイドル”。
何歩も先を行くのではなく、少し先を歩いてくれるからこそ、気になるし、一緒にやりたくなる。そして何より、楽しいことをみんなで共有しようという純粋な気持ち。
これほどまでに人が板羽さんに集まる理由が、少しわかった気がしました。
そして、改めて感じたこと。
「人生における豊かさって、なんだろう」
今の自分は、子どもを育てながら仕事に全力投球。必死な日々ももちろん大切だけど、その中でふと見過ごしている“大切なもの”や“豊かさ”があるんじゃないか…。
もちろん、人生も価値観も人それぞれ。でも、自分の人生の豊かさや優先順位を改めて見直すきっかけになったインタビュー。
等身大で常に未来に向かって歩み続ける板羽さんの言葉が、今の自分にたくさん刺さりました。
板羽さん、 本当に有り難うございました!